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スターリン政権でロシア・アヴァンギャルドや西欧の前衛的

ソビエトでは、スターリン政権でロシア・アヴァンギャルドや西欧の前衛的な手法が徹底的に排除された結果、ロシア・アヴァンギャルドを主導した作家たちは「生産主義」へ転向したり流刑され処刑されたり、多くは欧米へと活路を求め亡命していった。また、第二次大戦後、スターリンの没後もボリス・パステルナークやアレクサンドル・ソルジェニーツィンら多くの文学者が弾圧された。
フルシチョフが1962年にある展覧会で抽象絵画を観て「まるでロバの尻尾で描いたような絵だ」(あるいは、「ロシア・アヴァンギャルド時の『ロバの尻尾』派みたいな絵だ」)とこきおろした「ロバの尻尾事件」によって、以後長い間、抽象画など欧米式の現代美術は公認されなかった。
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ところがソビエトの1960年代から末期にかけて、地下に潜んでいた反体制の現代美術家らは、ネオダダやポップアートにならい、社会主義リアリズムの凡庸な画風を流用してそれらを皮肉った作品を量産した。これが後に「ソッツ・アート」と呼ばれる。
1974年にはモスクワ近郊の野原でソッツ・アートやさまざまなスタイルの抽象絵画、抽象彫刻などを含めた現代美術展が開催されたが、当局がブルドーザーと放水車で会場と作品を完全破壊する事件が起き、これで西側は「地下美術家」の存在を知った。彼らには、ポスター画家や絵本作家に憂き身をやつしてさらに潜伏するか、海外へ亡命するかの選択しかなかった。80年代後半以降、ソッツ・アートの作家たちはアメリカなどで脚光を浴びるものの、敵であるソビエトが崩壊してしばらくたつと社会主義リアリズムもろとも沈み、社会主義批判以上の射程を持っていた作家しか残っていない。

ゴルバチョフ時代にいくぶん表現の自由が緩和され、社会主義リアリズムに対する激しい論争も起こったが、結局、社会主義リアリズムは1991年のソ連崩壊まで公式芸術であり続けた。現在は、東欧でもロシアでも、アメリカや西欧に倣いつつも、辿ってきた抑圧や耐久の歴史をも反映させた、独自の文学や美術や音楽を作り出している。

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2009年06月04日 14:03に投稿されたエントリーのページです。

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